2016年08月06日

みちえ姉ちゃん《8月6日》

今年も広島は8月6日を迎えました。
今年は尾道にて、テレビの前で黙とうをさせてもらいました。

今年知った驚きの事実があります。
私の母は10人兄妹の10番目の末っ子です。
一番上のみちえ姉ちゃんは、母が2歳の時20歳で亡くなりました。
母は、みちえ姉ちゃんは尾道の女学校に行っていたのに腸結核にかかり、20歳の時に亡くなったと聞かされていて・・・、なんと70歳になる今までずっとそうだと思っていたのに・・・、今年のお正月にお兄さんから、そうではなかった話を聞いて驚いたそうです。
みちえ姉ちゃんは、尾道の女学校に行っていた事は行っていたのですが、その前は広島の保健婦になるための学校に行っていたそうなのです。
広島の学校時代に原爆が落ちました。
みちえ姉ちゃん自体は直接の被ばくは受けなかったのですが、学校から原爆の被害にあった人々の救助のため、原爆投下後の広島市内に入ったそうなのです。
市内で救助活動をしていましたが、みちえ姉ちゃん自身も体の具合が悪くなり、広島の学校を続けることができなくなり、因島に帰ってきたそうです。
学校も尾道の女学校に転校しましたが、結局2年後20歳の若さで亡くなったそうです。
その頃は分からなかったのですが、入市被ばくしていたのでしょう。
腸結核との診断も、本当は放射能の影響だと言う事が分からずの診断だったかもしれませんし、当時広島で被ばくした人間は差別されていたので、腸結核だと言う事にしていたのかもしれません。

母は2歳の時に亡くなったお姉さんなのでまったく記憶もなく、チラッっと聞いた話しか知らなかったらしいので、今年初めてみちえ姉ちゃんの詳しい話を聞いてとても驚いたそうです。
まさか身内に被ばく者がいたとは、私も驚きでした。

今日も祈念式典を見ながら、原爆死没者名簿の場面を見ながら

「本当だったら、みちえ姉ちゃんもここに名前があってもおかしくないのに・・・、みちえ姉ちゃんみたいに、名も無く死んでいった人が本当はもっといるんだろうね。」

と、母は言っていました。
あの地獄絵図の中に、まだ18歳だったみちえ伯母ちゃんがいたと思うと、私も胸が痛いです。
全ての原爆にあった人たちのために、みちえ伯母ちゃんのために祈ります。


ニックネーム ルークママ at 22:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする